野瀬泰申のチャブニチュード判定委員会 最終回 40年ぶりの再訪 |
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気がつけば満59歳の誕生日を迎えた。ついにと言うべきか、早くもと言うべきかわからないが、数えだと還暦である。赤いチャンチャンコである。 子どものころ、60歳の人は立派な老人であり、家にいて孫の世話に明け暮れるイメージがあった。いや、そのような日々を送っている同年代の人々はいまもいるであろうが、私にとって今日は単なる昨日の続き。歳を取ったという意識はない。 だが、ないのは意識だけであって肉体は確実に老い、精神も多少のことでは動じなくなった。厚かましくなったと言い換えてもいい。 思えば郷里、久留米の高校を卒業して無慮40年。いや41年か。はるか昔のことになってしまった。その40年は郷里を離れて暮らした年月でもある。錯誤と失敗を重ねてここまできた。 その高校の創立記念行事に呼ばれて帰郷する機会があった。記念講演の大役を仰せつかり、演壇に立つことになっている。 記念行事を控えて、少し早かったが私は高校に向かった。正門の前に着くと、そこに同年輩の男性が待っていた。私と同級生のI君である。大学を卒業して高校の英語教師となり、いまは母校の校長である。
「やあ」 そんな挨拶を交わして校長室に入る。途端に思い出した。高校2年の夏にみんなでキャンプに行き、どんな経緯か忘れたが男子生徒だけで酒を飲んだ。それが発覚して停学2週間の処分を受けた。その申し渡しがこの校長室であったのである。
いまは亡き父親が私のそばに立ち、 あの世の父は、その息子がいまもトンダことをしでかし続けていることを知ったら、何を言うのであろうか。 一瞬にしてセンチメンタル・ジャーニーな気分になった私は、I君の案内で校舎の内外を見て回った。板張りの廊下は歩くと当時と同じようにきしみ、大理石の手すりの輝きも変わらない。
40年前の私は確かにここにいた。ここにいてしゃべり、走り、何かを思っていた。 私たちが部活の後の、どうしようもない空腹を満たした「沖食堂」を手配しているのだという。 「沖食堂」 椎名誠著「すすれ! 麺の甲子園」に堂々と登場する食堂の名店である。だが私たちが通っていたころは、心から親しまれてはいても名店という意識は誰にもなく、ラーメンとチャンポンがべらぼうに安くて美味い店という位置づけであった。 私が食べるのはいつも50円の「素ラーメン」。チャーシューや海苔、ゆで卵などが入らず、スープに浮かぶのはネギばかりであったが、いつもいつもスープの1滴も残さずに飲み干していた。 そもそも九州ではラーメンを食べるのに「れんげ」などは使わない。季節を問わず丼を両手で包むように持って、丼から直接スープをすするのである。だから上京したばかりのころ、ラーメンに付いてくるれんげの意味がわからなかった。 実に40年ぶりで沖食堂のテーブルに向かい合って座った私とI君の前にラーメンと焼き飯が運ばれてきた。手をつける前に店内を見渡す。満席である。店の中にできた行列が外にまではみ出している。 しかしながら静かである。黙って注文の品が届くのを待つ客。慌てず奢らず穏やかに厨房に立つ2代目のご主人。焼き飯などのご飯ものを担当する女性陣。 先代はもう少し賑やかであった。恰幅がよく短髪。夏はランニングシャツに半ズボンという出で立ち。しきりにタオルで汗をぬぐっていた。奥さんと2人で厨房に立っていたが、カウンターに座っていると、ときに厨房の中で夫婦喧嘩が始まった。忙しく注文の品をさばきながら、2人の口は激しい言葉を吐く。心配になったころ、何がきっかけかわからないまま、仲直りするのである。さっきまでのやり取りが嘘のように、笑みまで交わすのであった。結局、仲が良かったらしい。 「夫婦喧嘩はこのように始まり、このように終わるのか」 ここで受けた家庭科の課外授業は、実に参考になったものである。
さあ、そろそろラーメンを食べよう。 私もI君も無言であった。40年前に先代がつくっていたものと、いま2代目がつくるラーメンが同じかどうかはわからない。多分、時の流れとともに微妙な変化を遂げているであろう。毎日店で煮出すとんこつスープは日によって、わずかな違いもあろう。
しかし私は、何かを話す余裕もなく、ただ記憶の欠片たちとともにラーメンを胃袋に収めたのだった。 ふと見上げると、壁のメニューの右端に「ラーメン 380円」とある。 この値段に心を打たれた。いくら久留米の物価が安いとはいえ、いまなら450円、500円でも文句は言われまい。なのに、いつから値段を据え置いているのか、380円のままなのである。 有名になったからといって利を追わない姿勢が、この値段に表れている。 唐突ながら、本連載は今回をもって終了する。最終回に沖食堂を取り上げることができたのは、光栄である。 5年を超える連載に最後までお付き合いいただいた読者諸兄姉に深甚なる感謝を捧げたい。 もう私は不味い店を探さなくてもよくなった。美味い店に入って「しまった」と思う必要もなくなった。しかし長い間、不味い店探求の旅を続けてきた私は急に「もうやんなくてもいいのよ」と言われ、これからどうやって生きていったらいいのかわからないのである。どなたか身の振り方をご教示いただけると幸いである。 (了)
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